2026年3月31日、ベトナム政府は政令96/2026/NĐ-CP(以下「政令96号」)を公布し、同日付で施行しました。同政令は、投資法の施行に関する従来の複数の規定を一本化し、ベトナムにおける国内投資および外国投資に適用される新たな実施枠組みを整備するものです。
この制度の基礎となるのが、2026年3月1日に施行された投資法143/2025/QH15(以下「2025年投資法」)です。これは、ベトナムの投資制度における近年でも特に重要な法改正の一つと位置付けられます。
政令96号の施行に伴い、投資法の施行細則を定めていた政令31/2021/NĐ-CP、特別投資手続を規定した政令19/2025/NĐ-CP、および政令31号を改正した政令239/2025/NĐ-CPは失効しました。今後、新規投資登録、プロジェクト変更、投資優遇措置の適用、特別投資手続などは、2025年投資法および政令96号を中心とする新たな枠組みの下で行われます。
政令96/2026号とは――何が変わったのか
ベトナムにおけるFDI制度の新たな基盤
政令96号は、投資登録手続、投資優遇制度、特別投資手続、投資後のコンプライアンスなど、投資法を実施するための幅広い事項を一つの政令に整理しています。ベトナムへの進出を検討する外国企業にとって、投資計画や法人設立スキームを見直す上で重要な制度変更です。
今回の改正から読み取れる政策の方向性は明確です。ベトナムは単にFDIの「量」を拡大するだけでなく、高付加価値、先端技術、イノベーション、グリーントランスフォーメーション、グローバル・サプライチェーンとの連携など、国家の中長期的な成長戦略に合致する投資を重点的に誘致する方向へと軸足を移しています。
投資優遇対象業種の拡充
特別投資優遇業種――先端技術・戦略技術を重点化
政令96号の付録IIは、「投資優遇業種」と「特別投資優遇業種」を具体的に定めています。
特に「ハイテク、戦略技術、情報技術、裾野産業、環境産業」に関する特別投資優遇分野では16項目が規定され、ハイテクや戦略技術の活用・研究開発、重要デジタル技術製品、再生可能エネルギー、AI、半導体などが明示されています。
また、付録IIには、首相が承認する国家的に重要な施設・プロジェクトや重点産業プロジェクトも投資優遇の対象として位置付けられています。
この仕組みにより、政府は対象業種を明確化しつつ、国家戦略上重要な大型プロジェクトに対して政策的な支援を行う余地を確保しています。
半導体、人工知能(AI)、5G、グリーンエネルギーが重点分野に
2026年のベトナム投資優遇制度では、特にデジタル・先端技術およびグリーン分野が重視されています。
半導体については、研究開発、設計、製造、パッケージング、テストに加え、半導体産業向けの原材料、材料、設備、機械、工具の製造なども対象に含まれています。
AIおよびデジタル技術については、AIデータセンターの建設、AIシステムの開発、重要デジタル技術製品の製造・サービスなどが特別投資優遇業種として位置付けられています。
5G以上のモバイル通信インフラについても、一定の要件を満たすプロジェクトは特別投資優遇・支援制度の対象となり得ます。
さらに、再生可能エネルギー、新エネルギー、クリーンエネルギー、グリーン水素、グリーンアンモニアなども重点分野として明示されています。
これらの制度設計は、ベトナムが従来型の労働集約型製造拠点としての競争力に加え、より高付加価値な産業基盤の形成を目指していることを示しています。
通常の投資優遇対象も幅広く設定
特別投資優遇だけでなく、通常の投資優遇についても対象分野は幅広く設定されています。
科学技術、イノベーション、デジタルトランスフォーメーション、電子・デジタル産業、農林水産業、環境保護、インフラ、教育・人材育成、医療、文化などが対象となり得ます。
したがって、自社の事業が「特別投資優遇」に該当しない場合でも、業種または投資地域などの条件によって通常の投資優遇を受けられる可能性があります。
投資優遇措置と投資支援基金
投資家が利用できる主な優遇措置
どの優遇区分に該当するかを確認した後は、実際にどのような優遇措置が適用され得るかを把握する必要があります。
2025年投資法第14条第2項では、主に以下の投資優遇措置が規定されています。
法人所得税(CIT)の優遇
一定期間またはプロジェクト期間を通じた通常税率より低い優遇税率、法人所得税の免税・減税などが、法人所得税法に基づき適用されます。具体的な税率や優遇期間は、プロジェクトの業種、所在地、規模などにより異なります。
輸入関税の免除
固定資産の形成を目的として輸入する物品や、製造のために輸入する原材料、資材、部品などについて、輸出入関税法に基づく免税措置が適用される場合があります。製造業では初期投資コストに直接影響する重要な項目です。
土地関連の優遇
土地使用料、土地賃料、土地使用税の免除または減額が認められる場合があります。具体的な適用条件および期間は、土地法その他の関連法令に従います。
加速償却・損金算入額の拡大
一定の要件を満たす場合、固定資産の加速償却や課税所得計算上の損金算入額の拡大を利用できる可能性があります。
なお、政令96号自体がすべての具体的な税率や減免期間を定めているわけではありません。実際の優遇水準については、法人所得税法、輸出入関税法、土地法、会計関連法令などを併せて確認する必要があります。
投資支援基金
2025年投資法第16条は、政府による「投資支援基金」の設置を規定しています。
同基金は、投資環境の安定化、戦略的投資家および多国籍企業の誘致促進、ならびに投資促進が必要な一定分野における国内企業の支援を目的としています。
基金の運営モデル、法的地位、毎年度の予算配分、追加財源、支援形態、支援金の返還メカニズムなどについては、政府が別途詳細を定めることとされています。
外国投資家にとっては、従来の税制・土地関連優遇に加え、ベトナム政府が戦略的投資を中長期的に支援する制度基盤を整備している点が重要です。
投資優遇の適用可能性を判断する4つのポイント
自社プロジェクトにどの優遇制度が適用されるのか
投資優遇の適用可能性を検討する際には、次の4つの観点から整理すると分かりやすくなります。
1.業種
まず、プロジェクトが政令96号付録IIの「特別投資優遇業種」または「投資優遇業種」に該当するかを確認します。
対象業種に該当しない場合でも、所在地、投資規模その他の要件によって優遇を受けられる可能性があるため、業種だけで判断することは適切ではありません。
2.所在地
プロジェクトが、経済・社会条件が困難または特に困難な地域、工業団地、産業クラスター、輸出加工区、ハイテクパーク、集中デジタル技術区、自由貿易区、国際金融センター、経済区などに所在するかを確認します。
特に、経済区、ハイテクパーク、ハイテク農業区、集中デジタル技術区、自由貿易区、国際金融センターについては、政令96号上、特に困難な社会経済条件を有する地域に準じた投資優遇が適用されます。
3.投資規模・実行額
大型投資案件では、登録された投資総額だけでなく、実際の資金実行額や実行期限も重要です。
例えば、総投資額6兆VND以上の一定の大型プロジェクトについては、原則として所定期間内に少なくとも6兆VNDを実行することに加え、売上高または雇用に関する要件を満たす必要があります。
特別投資優遇・支援制度についても、プロジェクトの種類ごとに投資規模および実行額・実行期限が設定されています。
4.継続的なコンプライアンス
優遇措置は、登録時点で一度要件を満たせばプロジェクト終了まで自動的に維持されるものではありません。
投資家は優遇期間を通じて適用条件を満たす必要があります。投資目的、事業内容、資本実行、その他の条件に変更が生じた場合には、優遇資格への影響を確認する必要があります。
投資優遇を適用する際の5つの重要原則
優遇措置は自動的に付与されるものではない
政令96号第20条などを踏まえると、投資優遇の適用に当たっては、以下の原則を押さえておくことが重要です。
原則1:一定の大型投資案件には所在地とは別の優遇基準が適用される
政令96号が定める要件を満たす総投資額6兆VND以上の大型投資案件については、特に困難な社会経済条件を有する地域のプロジェクトに準じた優遇措置が適用されます。
ただし、単に登録投資額が6兆VND以上であれば足りるわけではなく、資金実行額、売上高または雇用など、政令所定の追加要件を満たす必要があります。
原則2:業種と地域の両方で要件を満たす場合、より高い優遇水準が適用される
投資優遇業種に該当するプロジェクトが、経済・社会条件の困難な地域で実施される場合、特に困難な地域に適用される水準の優遇措置を受けることができます。
原則3:具体的な優遇水準は関連する専門法令に従う
政令96号は、すべての税率や免税期間を直接定めるものではありません。
法人所得税については税法、土地関連の優遇については土地法など、それぞれの専門法令に基づいて具体的な優遇水準が決定されます。
原則4:優遇措置には条件と適用期間がある
投資家は、優遇期間を通じて適用要件を満たし続ける必要があります。
優遇期間中に要件を満たさない期間が生じた場合、その期間については投資優遇を受けられない可能性があります。
原則5:複数の優遇水準に該当する場合は最も高い水準を適用
一つのプロジェクトが同時に複数の投資優遇水準の適用条件を満たす場合、2025年投資法第14条第9項および政令96号第20条第5項に基づき、最も高い優遇水準を適用することができます。
投資額だけでは不十分――実際の資金実行が重要に
登録投資額と実行額を一体で管理する
新制度の下で特に注意すべきポイントの一つが、投資規模と実際の資金実行との連動です。
一定の大型プロジェクトや特別投資優遇・支援の対象となるプロジェクトについては、登録投資額だけではなく、所定期間内に一定額を実際に実行することが明確な要件となっています。
例えば、半導体の研究開発・設計・製造・パッケージング・テスト、重要デジタル技術製品の製造、AIデータセンターなどの一定のプロジェクトでは、総投資額6兆VND以上かつ5年以内に6兆VND以上を実行することが、特別投資優遇・支援の対象となるための要件の一つです。
また、その他の特別投資優遇業種では、総投資額3兆VND、300億VNDなど、プロジェクトの類型に応じて異なる投資規模・実行要件が設けられています。
したがって、ベトナム進出時の財務モデルでは、単なる「登録資本金」や「総投資額」の設定だけでなく、投資証明書等に記載される実施スケジュールと実際の資金投入計画を整合させる必要があります。
資本拠出、外国からの送金、投資用口座の利用、投資プロジェクトの進捗管理などについて、会社設立・銀行手続・投資登録を別々に管理するのではなく、一体的なコンプライアンス管理を行うことが重要です。
特別投資手続――重点地域のプロジェクトを迅速化
2025年投資法第28条と政令96号第46~50条
2025年投資法第28条は、一定の投資プロジェクトについて「特別投資手続」を選択できる制度を設けています。
対象となり得るのは、工業団地、輸出加工区、ハイテクパーク、集中デジタル技術区、自由貿易区、国際金融センター、経済区内の機能区などで実施される一定のプロジェクトです。
この制度を選択したプロジェクトについては、投資方針承認、技術審査、環境影響評価報告書、詳細計画の策定、建設許可、建設・消防分野の一定の承認・許可手続などが免除されます。
その代わり、投資家は建設、環境保護、技術移転、消防などに関する条件、基準および技術規則を遵守することを書面で誓約し、その内容について責任を負います。
政令96号第47条では、適法な申請書類を受理してから15営業日以内に、管轄する管理委員会が申請内容を審査し、要件を満たす場合には投資登録証明書(IRC)を発行するとされています。
これは「事前審査をなくす」制度というよりも、従来の複数の許認可手続の一部を、投資家による事前の自己確認・誓約と事後的な監督へ組み替える制度と捉える方が適切です。
迅速な市場参入が可能になる一方、投資開始後のコンプライアンス管理はより重要になります。
ERCをIRCより先に取得する選択肢
2025年投資法では、外国投資家の市場参入手続にも重要な変更が加えられました。
従来は、外国投資家がベトナムでプロジェクト会社を設立する場合、原則としてIRCを取得した後に企業登録証明書(ERC)を取得する流れが一般的でした。
2025年投資法第19条および政令96号の下では、外国投資家が適用される市場アクセス条件を満たす場合、経済組織を先に設立し、ERC取得後にIRC手続を行う方法を選択することが可能となっています。
ただし、ERCを先に取得した場合でも、当該経済組織は設立日から12か月以内にIRCの取得手続を完了する必要があり、IRCの取得・変更手続が完了するまでは対象投資プロジェクトを実施することはできません。
したがって、ERC-firstの選択肢はIRCを不要とする制度ではありません。法人設立、契約、銀行口座、投資登録などのタイミングを含め、自社の進出計画に適した手続順序を事前に設計することが重要です。
「後検査」を前提としたコンプライアンス管理
手続簡素化は規制緩和を意味しない
特別投資手続では、一部の事前審査を簡素化する一方、投資家自身による法令遵守の確認と、プロジェクト開始後の監督・検査が重要になります。
特に、投資家が提出した誓約に反して、建設、環境保護、消防その他の条件・基準を満たしていない場合、行政処分、プロジェクトの停止・終了その他の法的措置の対象となる可能性があります。
また、一般のFDIプロジェクトについても、実際の事業内容がIRCや投資方針承認の内容と一致しているか、投資スケジュールや資本拠出が適切に履行されているか、投資優遇の適用条件を継続的に満たしているかを