東南アジアのデジタル政策における画期的な動きとして、ベトナムは2025年6月14日付でデジタル技術産業法第71/2025/QH15号(以下「デジタル技術産業法」)を制定しました。急速に成長するデジタル技術産業を包括的に規律するための独立した法律であり、原則として2026年1月1日から施行されます。
これまで複数の法令にまたがる規制への対応を求められてきた企業にとって、同法はデジタル技術産業に関する新たな法的枠組みとなります。
本稿では、デジタル技術産業法の主要なポイントを整理するとともに、デジタル技術製品・サービスを展開する企業の経営層が検討すべき対応について解説します。
主なポイント
- 先駆的な法制度: ベトナムは、デジタル技術産業を対象とする独立した法律を制定した世界初の国とされており、2035年までに15万社のデジタル技術企業からなるエコシステムの構築を目指しています。
- 広範な適用範囲: デジタル技術製品・サービスから人工知能(AI)、デジタル資産まで、デジタル技術産業に関連する幅広い活動が対象となります。
- FDIに対する投資優遇: 技術移転を促進する外国投資企業については、適用要件に応じて法人所得税に関する優遇を含む投資インセンティブが検討可能です。
- 新たなコンプライアンス対応: デジタル技術企業は、該当する許認可・証明、情報提供、技術基準、AIシステムに関する管理要件などへの対応が求められます。
- コンプライアンスを競争力につなげる: 適切なコンプライアンス体制を構築することで、支援政策、税制上の優遇措置その他の政策支援を活用できる可能性があります。
デジタル技術産業法と国家デジタルトランスフォーメーション

Lデジタル技術産業法は、ベトナムの国家デジタルトランスフォーメーションを支える重要な法制度の一つです。その目的は、世界のデジタル技術産業におけるベトナムの競争力を高めることにあります。
同法は、政治局決議第57-NQ/TW号、第59-NQ/TW号、第66-NQ/TW号、第68-NQ/TW号が示す政策方向とも整合し、イノベーションの促進、競争力の強化、デジタルトランスフォーメーションの推進、そして迅速かつ持続可能なデジタル経済の発展を後押しする法的基盤となります。
政府は、2035年までに15万社のデジタル技術企業からなるエコシステムを構築するという野心的な目標を掲げています。
ベトナム・ブリーフィング(2025年)によれば、同法は、特にデジタル技術製品やデジタル資産などの成長分野において、より明確な法的枠組みを提供するものと位置付けられています。
国家デジタルトランスフォーメーションでは、技術イノベーションに対するベトナム全体のアプローチを一体化することが重視されています。
その方向性は明確です。「Make in Vietnam」の下で国内の生産能力を強化し、質の高いFDIを誘致するとともに、競争力と安全性を備えたデジタル技術産業基盤の形成を目指しています。
デジタル技術産業法の法的枠組み
デジタル技術産業法は、幅広い領域を対象としています。主なポイントは以下のとおりです。
- 対象分野: ハードウェア、ソフトウェア、人工知能、デジタル資産・仮想資産などを含むデジタル技術産業活動
- 適用対象: ベトナム国内でデジタル技術産業に参加し、または関連する国内外の企業、組織および個人
- 主管機関: デジタル技術産業に関する国家管理を担う主要機関は科学技術省です。
同法は、2018年サイバーセキュリティ法や、2026年1月1日に施行される個人データ保護法などの関連法令と併せて確認する必要があります。
また、デジタル技術産業法の施行に向け、施行政令案の策定も進められています。
同政令案では、デジタル技術産業活動、高品質なデジタル技術人材を認定するための基準、デジタル技術人材の誘致・活用などについて、デジタル技術産業法第13条第4項、第19条第1項および第20条第3項を具体化することが予定されています。
さらに、デジタル技術を活用した製品・サービスについて、規制サンドボックスによる試験的な運用を実施するための措置も検討されています。
デジタル技術産業におけるコンプライアンス対応
デジタル技術産業法は、企業に対する義務と、産業振興のための支援・投資優遇を組み合わせた枠組みを採用しています。
デジタル技術産業に携わる企業は、主に以下の事項への対応を検討する必要があります。
- 基本的なコンプライアンス: 対象となる事業に応じた許認可・証明等への対応、デジタル技術産業に関する情報の提供・更新など
- 技術・AI関連要件: デジタル技術製品・サービスに関する技術規則・基準や、特に高リスクAIシステム等に適用される管理要件への対応
- 政策上のインセンティブ: 適用条件を満たす企業や人材について、法人所得税・個人所得税に関する優遇を含む支援政策が用意されています。こうした措置の一部は、ベトナム企業や国内スタートアップの成長支援も目的としています。
企業にとって、コンプライアンスは単なる法的義務ではありません。
適切な体制を整備することで、政策支援や政府調達を含む事業機会につながる可能性もあり、戦略的な経営課題として捉える必要があります。
主要デジタル技術製品への投資に与える影響
外国投資家にとって、デジタル技術産業法は、ベトナムのデジタル技術市場における投資判断の重要な法的基盤となります。
特に以下の3つの分野が重要です。
FDIに対する投資優遇
同法は、研究開発および技術移転を促進する方向性を明確にしています。
デジタル技術産業法第16条では、デジタル技術製品・サービスの研究開発活動について、科学技術・イノベーションおよびデジタルトランスフォーメーションに関する法令に基づく最高水準の優遇措置を適用することが規定されています。
ベトナム・ブリーフィング(2025年)によれば、国内企業との技術移転や連携を進める外国投資企業についても、一定の条件の下で複数年にわたる法人所得税上の優遇措置を利用できる可能性があります。
これは、デジタル技術産業における企業支援政策の重要な要素の一つです。
データガバナンス
越境データ移転やデジタル資産の取扱いについては、特に大手グローバルテック企業にとって慎重な検討が必要となります。
デジタル技術産業法だけでなく、データ、個人データ保護、サイバーセキュリティなどの関連法令と併せてコンプライアンス体制を設計する必要があります。
既存法制度との整合
デジタル技術産業法は、外国直接投資や貿易協定に関連する既存の法制度とも関係します。
主要なデジタル技術製品を開発・提供する企業にとっては、複数の法制度を横断して対応する必要があるため、法務・コンプライアンス面での複雑性が高まる可能性があります。
また、こうした事業を拡大する上では、高品質な人材への投資も重要となります。
デジタル技術産業活動における課題と機会
デジタル技術産業法の本格的な運用は、今後整備される下位法令にも左右されます。
特に中堅企業にとっては、規制対応に伴うリスクと、新制度によって生まれる機会の双方を見極めることが重要です。
| リスクレベル | コンプライアンス上のリスク | 想定される対応・機会 |
|---|---|---|
| 高 | 高リスクAIシステムについて、必要な管理・倫理面の検討が不十分 | AI倫理に関する社内体制を整備し、ISO/IEC 42001などの国際基準の活用を検討する |
| 中 | デジタル技術製品・サービスに関するデータセキュリティが不十分 | サイバーセキュリティ監査およびインシデント対応計画を整備する |
| 低 | デジタル技術製品・サービスに関する適用要件への対応 | 適用可能な政府調達や税制上の優遇措置を確認する |
| 新たなリスク | デジタル資産や越境データ移転に関する関連法令への不適合 | 必要に応じてローカルサーバーやハイブリッドクラウド構成を検討する |
| 戦略的課題 | デジタル技術産業に関する社内ガバナンスが分散 | 社内コンプライアンス委員会等を設置し、監督体制を一元化する |
結論:コンプライアンスを競争優位につなげる
ベトナムが包括的なデジタル技術産業法を整備したことは、同国がデジタル技術産業を重要な成長分野として位置付けていることを示しています。
外国投資家にとって、同法への対応は単なる法令遵守にとどまりません。
適切なコンプライアンス体制を整えることで、投資優遇の活用可能性を高めるとともに、デジタル技術製品・サービスを展開する上で規制当局との信頼関係を構築することにもつながります。
2026年1月1日の施行を見据え、早期に準備を進めることが重要です。
専門的な助言を活用しながら必要な対応を整理することで、企業は新たな規制要件を、アジアでも成長著しいデジタル技術市場の一つで持続的に事業を展開するための基盤へと転換することができます。
よくある質問
外国のテクノロジー企業が新法に対応するため、最初に何をすべきですか。
最初のステップは、自社の現在のデジタル技術産業活動に対する包括的なギャップ分析です。
自社が提供するデジタル技術製品・サービスをデジタル技術産業法の適用範囲と照合し、特に対象となる許認可、デジタル資産に関するデータ管理、AIに関する原則・管理要件などを確認する必要があります。
外国企業がデジタル技術産業法への対応を完了するまで、どの程度の期間が必要ですか。
当社の経験では、デジタル技術産業における包括的な対応には、6~12か月程度を要する場合があります。
これには、デジタル技術製品・サービスの見直しや従業員への研修などが含まれます。
特に大手グローバルテック企業については、2026年1月1日の施行を見据え、可能な限り早期に準備を開始することが重要です。
新法への対応にあたり、現地法人を設立すべきですか。それともベトナム企業と提携すべきですか。
最適な選択肢は、デジタル技術産業における企業の長期的な事業目標によって異なります。
現地法人を設立することで、事業運営に対するコントロールを確保し、自社に適用可能な投資優遇を直接検討しやすくなります。
一方、ベトナム企業との提携は、市場参入を加速する手段となり得ます。
当社がこれまで携わってきた3,000件以上のプロジェクトの経験から、成長機会と支援政策の活用可能性を高めるため、両者を組み合わせたハイブリッド型のアプローチを提案するケースもあります。